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頼政太鼓の由来


 高崎城主、大河内輝貞が元禄8年(1695年)自ら氏祖と仰ぐ頼政公の神祠を建立。源三位頼政を祭神に戴く頼政神社のあるこの地を宮元町と名付け現在に至っております。その宮元町は武家屋敷町内と云われ、高崎の町祭を受ける立場であったため、山車も御輿も無い町内として通して参りました。

 年々行われる高崎ふるさと祭りの拠点町内としての地域性を考え、祭典行事に参加するからには何か基幹になるものが欲しいと町内役員協議の結果、第3回高崎ふるさと祭りを記念して、頼政神社の地にならい頼政太鼓を制作し、その鼓面に頼政公がその世の天敵“鵺”を退治し世を治め、時の朝廷の御心を安じ奉った故事にならい四つの悪物の化身と云われる伝説の怪物“鵺”を書き込み、それをたたいて現在にはびこる世の敵を退治して明るい町作りをしよう、との意図の下に頼政太鼓が制作されました。

 その故事は、仁平3年(1153年)夜毎丑の刻になると寝殿を襲う怪物に脅かされる近衛天皇の御心労は大きく、高僧貴僧の修法も効験あらたかならず。そこで源平の武士より弓の名人であった源頼政が選ばれ警護にあたることになった。屈強の郎党井の早太一人をつれて参内し、頭は猿、躯は狸、尾は蛇、手足は虎の姿の“鵺”を退治し恩賞として獅子王の剣を賜った、と平家物語に記されています。

 その物語を山梨県無形文化財である天野宣氏に曲にしていただき、頼政太鼓の発足となりました。当初は宮元町の若手で演奏しておりましたが、地方文化としてより根付くことを目的として市民に門戸を開き愛好者を募っています。又、天野宣氏の依頼で最初から指導いただいている群馬交響楽団の打楽器奏者・友石武彦氏を師にいただき、以後の作曲・指導をお願いしています。

 赤城国体、伊香保国体を初めとして高崎ふるさと祭りを基幹とし、高崎縁起だるまをモチーフにした曲等、十数曲をレパートリーとして20年間にわたり各地で演奏活動を行っております。

 この太鼓は15周年記念演奏会終了後、頼政神社に奉納し、現在も安置されております。

法  尺鼓面3尺 胴3尺5寸 台2尺5寸制  作東京 南部屋
デザイン高崎 三原徳言工  匠高崎 宝工芸

演奏曲紹介

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